俵屋宗達(がんさくフォルム)

マールと三峰結華とオーガポンとスグリと玉田と暗号マニアが好きです

カフェに行く、高尚になる

 コメダ珈琲の噂をあちらこちらから聞くので、どんなものかと気になって行ってみることにした。

 財布と、適当な本を2冊バッグに詰めて家を出る。電車の中で値段がどれくらいか調べてなかったのを思い出しポケットをまさぐるとスマホが無かった。デジタルデトックスと割り切って気にしないことにした。

 

 目的の店に着いた。外と比べてやけに照明が橙色。テーブル席が全部埋まっていたのでカウンター席に通された。初めてのカウンター席に緊張しつつ、お冷と注文の案内を受けとりながら上着を畳んで、席に腰かけた。

 椅子が深い。テーブルの天板が自分の胸のちょっと下ぐらいにある。背もたれも不思議だ。超斜め。ていうかこの椅子がでかすぎるな。ひじ掛けの間隔も広すぎる。かませ役になる嫌な王様のモノマネができる。

 昼時だったのでカフェオレにサンドイッチ(コメチキ付き)のランチセットを付けて注文する。別に今日は椅子の大きさを見に来たわけじゃない。方々から聞き及んでいた「コメダのデカさ」をこの目で見に来たのだ。

 店員さんとのやり取りがひと段落したのでちょっと息を抜く。せっかくだからこの椅子にフィットした座り方をしてやろうと思って、背もたれに体重をかけてどっかり座った。吊り下げられた照明が目に入る。蕾みたいなガラスの器に覆われた電球、お洒落を具現化したみたいなライトだった。いつも行く場所には間違いなく無い非日常的物体にほんのり高揚感を覚えた。

 店員さんが来て、まずサービスのナッツが差し出された。ナッツ後ろから運ばれてくるときどういう佇まいをすればいいのか分からず、とにかく会釈をしながらナッツが机に置かれるのを眺めていた。カフェオレをちょっと零してしまったらしい。大丈夫ですよ、と言う隙も無くそそくさと店の奥に引っ込んでしまった。

 机の上のナッツに真っ直ぐ向き合う。お前は何ゆえここに運ばれて来たんだ。コーヒーの付け合わせってナッツなの?サーモンピンクの袋に入ったナッツは黙っていた。居場所を失ったナッツを前に、僕は目を伏せて持ってきたエッセイ本を読み進めるしかなかった。

 そうこうしている間に綺麗になったカフェオレと一緒に、メインのサンドイッチが運ばれてきた。椅子でもナッツでもない、本日の目的とようやくのご対面である。

 噂は真であった。ブあちいパンの間に隅々まで行き届いた具材たち、2個付いてる唐揚げ、あると思ってなかったのにプレートの1/3くらいを占めているサラダ、トマトとレモン一切れずつ。あとドレッシングが2本丸々届いたのも何なんだろう。ともかく予想を超える量だったのは間違いない。興味本位だけでシロノワールに手を伸ばさなくて本当に良かった。味もめちゃくちゃよかったし、サラダにドレッシングが2種類ついてきたのが存外嬉しかった。コメチキもおいしかった。サンドイッチとサラダと一緒に、唐揚げという超俗っぽい脂ぎった食い物と一緒に居るのが妙に面白くて、なんか気分が上がっちゃってもう一個の唐揚げにレモンを絞った。

 サンドイッチを食べきって、良い感じに温くなったカフェオレを片手に、椅子にゆったりもたれかかる。心地いい満腹感と優しい波長の光がほどよい眠気を引き出して、何を見るわけでもなくぼーっとしていた。周りにいる人の声が聞こえる。隣の人がパソコンに向かってすごそうな何かを書いている。もう片方の隣は何かの教科書を開いて勉強をしている。おばちゃん4人がファッション誌の話をしている。不動産会社の人が賃貸の売り込みをしている。

 こういう雰囲気に絆されて、自分もこの空気の一部になりたいと思った。持ってきた2冊のうち、より頭がよさそうに見える方を取り出して読み始めた。

 カフェに来たときは、この雰囲気を買っているのだ。暖かみを醸し出すこの空間は、カフェっぽい所作のすべてを肯定しているのだ。背伸びした読書を、パソコンでの制作を、映画のあとの感想会を。学校帰りに寄って復習したりとか、唐揚げにレモンをかけるだとか、飲めもしないドリンクを頼んでみるだとか、コーヒーにびっくりした胃が収縮して胃が鳴るとか、高尚っぽい振る舞いのすべてを受け入れてくれる空気感を買っているのだ。

 結局、サンドイッチを食べきった後も1時間ちょっと本を読んでから帰った。コーヒーはやっぱり苦手だから、次は紅茶でも頼んでみようかな、なんて思いながらテーブルを片していたら、ナッツのことをすっかり忘れていたことに気づいた。サンドイッチとコーヒーを消費しきっても、やっぱり彼の居場所は見つからない。とりあえず上着のポッケに入れて、会計して、家に帰って、家事をして、夕飯を食べて、風呂入って、ナッツはまだ僕の机の上で行き場を見失っている。